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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(行ツ)142号 判決

上告人 神戸地方法務局登記官

代理人 菊池信男 森脇勝 金子泰輔 中本尚 赤塚信雄 笠井勝彦 堀井善吉 ほか三名

被上告人 株式会社大阪相互銀行

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の本件請求を棄却する。

訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人柳川俊一、同緒賀恒雄、同中島尚志、同向英洋、同松村利教、同前田順司、同日鷹修一、同藤中保、同東本洋一、同森正弘の上告理由第一について

一  原審が適法に確定したところによると、(1)被上告人は、第一審判決添付の第一物件目録記載の建物(以下「第一物件」という。)について、株式会社朝日製作所を債務者とする根抵当権設定登記及び代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を経由していた、(2)その後、神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業の施行者である神戸市長は、いわゆる直接施行の方法により、第一物件を仮換地上に移築する目的をもつて取り壊し、その大部分の解体材と一部に補足材を使用して仮換地上に第一審判決添付の第二物件目録記載の建物(以下「第二物件」という。)を完成し、所有者である株式会社大津屋(以下「大津屋」という。)にこれを引き渡した、(3)大津屋は、第一物件につき取り壊しを原因とする滅失の登記、第二物件につき新築を原因とする表示の登記の各申請をし、その旨登記され、第一物件の登記簿は閉鎖された、(4)被上告人は、大津屋に対し、第一物件と第二物件との間には同一性があるから右各登記は無効であると主張して、その各抹消登記手続を求める訴訟を提起し、大津屋に対しその旨の登記手続を命ずる被上告人勝訴の判決が確定した、(5)そこで、被上告人は、右判決正本及び確定証明書を添付して、上告人に対し、いずれも錯誤を原因として第一物件につき滅失の登記の抹消、第二物件につき表示の登記の抹消を申請したところ、上告人は、これをいずれも却下する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした、というのである。

二  そして、原審は、(1)土地区画整理法七七条の規定に基づき、施行者が、いわゆる直接施行の方法により、従前地上の建物を解体して換地(仮換地を含む。以下同じ。)上に移転(移築)した場合において、換地上の建物が旧建物の材料の大部分を使用し旧建物と同一の種類、構造のものであるときは、新旧両建物の間には社会通念上同一性が保持されており、旧建物は取り壊しによつて滅失することなく換地上の新建物として存続しているものと評価することができる、(2)したがつて、旧建物の登記簿により新建物の公示作用を果たさせるべきであつて、旧建物の登記簿を閉鎖し新建物につき表示の登記をすることは許されない、(3)本件においては、第一物件と第二物件との間には右にいう同一性が保持されていると認められるから、第一物件についてされた滅失の登記及び第二物件についてされた表示の登記は、いずれも実体のない無効の登記であつて、その抹消をなすべきものであり、被上告人の本件登記申請を却下した本件処分は違法である、と判断した。

三  しかしながら、原審の右判断は、次の理由により是認することができない。

建物の表示に関する登記は、その種類、構造等、建物の物理的現況を正確に把握しこれを公示することを目的とするものであり、登記された建物が滅失したときは、その滅失の登記を行い、建物の表示を朱抹して、その登記用紙を閉鎖することを要するとされているが(不動産登記法(昭和五八年法律第五一号による改正前のもの)九三条の六第一項、九九条、八八条)、ここにいう建物の「滅失」とは、建物が物理的に壊滅して社会通念上建物としての存在を失うことであつて、その壊滅の原因は自然的であると人為的であるとを問わないし、また建物全部が取り壊され物理的に消滅した事実があれば、その取り壊しが再築のためであろうと、あるいは移築のためであろうと、その目的のいかんを問わず、すべて建物の「滅失」に当たるというべきである。すなわち、前示のとおり建物の表示の登記は当該建物の物理的な現況を公示することを目的とするものであるから、社会通念上もはや建物といえない程度にまで取り壊され、登記により公示された物理的な存在を失うに至つた場合には、たとえ解体材料を用いてほとんど同じ規模・構造のものを跡地あるいは他の場所に建てたとしても(再築又は移築)、それはもはや登記されたものとは別個の建物といわざるを得ないのであり、その間に物理的な同一性を肯定することはできない。したがつて、登記手続上は、旧建物について滅失の登記をし、新しく建築された建物について新規にその表示の登記をしなければならないのであつて、滅失した建物の登記を新建物について流用することは許されないのである(最高裁昭和三八年(オ)第一一一二号同四〇年五月四日第三小法廷判決・民集一九巻四号七九七頁参照)。このことは、その取り壊しが土地区画整理法七七条の規定に基づき建物を換地上に移転する過程で生じた場合であつても、何ら異なるところはないというべきである。けだし、土地区画整理法上、建物については、換地処分に係る土地の場合(同法一〇四条)と異なり、換地上に移転した建物と旧建物との物理的同一性を擬制するような規定は設けられていないのであり、区画整理に伴う場合であつても、移転の過程でいつたんこれを取り壊すことにより客観的、物理的に建物としての存在を失うという事実が発生している以上、たとえそれが所有者の自由意思によるものでなく、また移転後の建物が旧建物の解体材料の大部分を用い、規模・構造もほとんど同一であるとしても、不動産登記法上は、これを滅失として取り扱うことが、建物の物理的現況を正確に公示するという表示に関する登記の趣旨、目的にそうことになるからである(実際問題として、取り壊し後、移築までの間には一定の時間的経過を伴うのが通常であるから、その間の公示という観点からみても、これを滅失として扱わざるを得ないというべきである。)。この点で、同じ換地上への建物移転であつても、建物を解体せずにそのままの状態で曳行移動する場合(この場合は、移転前後の建物に物理的な同一性があり、登記手続上建物の所在の変更として取り扱われる。)と差異が生ずることになるが、これは、曳行移転と解体移転とでは、移転の過程において建物がいつたん物理的に消滅するか否かという決定的な相違があることによる結果であつて、やむを得ないというべきであり、右差異が生じることを理由にこれを同一に扱うことは相当でない。なお、原判決が引用する大審院昭和八年(ク)第一八〇号同年三月六日決定(民集一二巻四号三三四頁)は、従前地上の建物の収去を命ずる債務名義の効力が換地上に移築された新建物に及ぶかどうかが問題となつた事案に関するものであつて、登記手続上、建物の滅失の登記がされるべきか否かの判断を示したものではなく、本件とは事案を異にするといわなければならない。

そうすると、原審の確定した前記事実関係からすれば、第一物件について取り壊しを原因とする滅失の登記が、第二物件について新築を原因とする表示の登記が、それぞれされたことは正当であり、これを抹消すべき理由はないというべきであるから、被上告人の本件登記申請を却下した本件処分に取り消すべき違法はないというべきである(なお、登記官は、表示に関する登記の申請については実質的審査をしてその許否を決すべきものであるから、本件において、大津屋に対し、第一物件と第二物件との同一性を理由に第一物件の滅失の登記及び第二物件の表示の登記の各抹消登記手続をすべき旨命じた確定判決があることは、上告人が本件処分をする妨げとなるものではないと解すべきである。)。

四  したがつて、第一物件についての滅失の登記及び第二物件についての表示の登記はいずれも無効の登記であり抹消されるべきものであるとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤つた違法なものであり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点を指摘する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、本件処分の取消を求める被上告人の請求が理由のないことは明らかであるから、これを許容した第一審判決を取り消し、被上告人の本件請求を棄却すべきである。

五  よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官佐藤哲郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官佐藤哲郎の反対意見は、次のとおりである。

私は、多数意見と異なり、本件処分を取り消すべきであるとした第一、第二審の見解を支持し、本件上告を棄却すべきものと考えるものであり、その理由は以下に述べるとおりである。

一 本件において第一物件が滅失したかどうかは、要するに、第一物件と第二物件との間に同一性があるかどうかによつて決せられるものである。多数意見は、建物がいつたん解体され建物でなくなつたという物理的状態が生じたか否かの観点のみを基準としてその同一性の有無ひいては滅失の有無を判断しようとするものであり、判断基準の明確性、登記手続の迅速かつ画一的処理という点ではそれなりの合理性を有しているものと思われる。しかし、登記制度の目的は、実体的物権変動を正確に公示することにより不動産取引の安全と円滑に奉仕することにあるのであるから、不動産登記法における建物の滅失の意義も、実体法の解釈を離れてはあり得ないし、また取引上又は利用上の観点からの考察を無視することはできないのであつて、建物の同一性の有無は、単なる物理的な観点からではなく、取引通念ないし社会通念を基準としてこれを判断しなければならないと解すべきである。

二 したがつて、建物を一度取り壊し、これを再築又は移築した場合のように、旧建物がいつたん解体され物理的に消滅した状態が生じた場合においても、なお新旧両建物の材料・種類・構造、場所、解体と建築との時間的近接性などを総合して、取引通念ないし社会通念に従い新旧両建物の同一性を肯認し得る余地があるというべきである。殊に、本件のような土地区画整理事業に伴う建物の換地上への移転は、従前地における使用収益の権利関係がそのまま換地上に移行することに対応して行われるもので、建物所有者の自由な意思によるものではないのであり、その移転の過程で解体により物理的には建物としての存在がいつたん失われることがあるとしても、それは建物を換地上へ移転させるための技術的なプロセスにすぎないのであるから、この場合にも、単に解体という物理的状態が生じたとの一事をもつて、新旧両建物の間には同一性がなく旧建物は滅失したと解することは、旧建物の抵当権者等に対し不測の損害を与えることになり、土地区画整理制度の趣旨に適合しないというべきである。しかも、同じ換地上への建物移転であつても、曳行移動の場合は建物の同一性が失われないのに、解体移転の場合には、解体により常にその同一性が否定されるというのは、単なる技術的な工法の相違によつて抵当権等の消滅、不消滅という実体法上の法律関係に著しい差異を生ぜしめるものであつて、その合理性を見いだすことができない。なお、右のような建物の解体移転について、実体法上は両建物の同一性を肯定し抵当権等は消滅しないと解しながら、登記手続上は建物の滅失として取り扱わざるを得ないとする考え方は、不動産取引の安全と円滑に奉仕すべき登記制度本来の趣旨、目的にそわないものであつて妥当とはいえない。したがつて、土地区画整理事業に伴い従前の建物が解体移転の方法により換地上に移築された場合でも、その換地上の新建物が旧建物の材料の大部分を使用して建築された同一種類・構造の建物であつて、その面積、外観等にもそれほどの変動がなく、移築が解体と時間的に近接して行われたときは、両建物の間には社会通念上同一性が保持されているものとして、旧建物の権利関係はそのまま新建物に移行すると解すべきであると考える。

三 原審の確定したところによれば、第一物件と第二物件との間には、その解体材料の使用程度、種類・構造の同一性、面積、外観、解体と移築との時間的近接性などに照らし、社会通念上同一性があるということができるから、第一物件は解体によつて滅失することなく換地上に第二物件として存続しているというべきであり、したがつて、第一物件につき取壊しを原因としてされた滅失の登記及び第二物件につき新築を原因としてされた表示の登記(表題部の登記)は、いずれも実体を欠く無効の登記であつて抹消されるべきものであり、その各抹消を求める被上告人の本件登記申請を却下した本件処分は違法であるといわなければならない。以上と同旨の原審の判断は正当であり、右判断を非難するに帰する論旨第一ないし第三は採用し得ない。

また、第一物件が解体移体移転前に合棟されていたことは、右各抹消登記をすることの登記法上の障害となるものでないことは原判決の説示するとおりであり、論旨第四も理由がない。

したがつて、本件上告はこれを棄却すべきものである。

(裁判官 大内恒夫 角田禮次郎 高島益郎 佐藤哲郎 四ツ谷巖)

上告理由

第一 原判決には、不動産登記法(以下、単に「法」ともいう)九三条ノ六第一項の解釈を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 法九三条ノ六第一項にいう建物の滅失とは、原判決が正当に判示するように、「自然的たると人為的たるとを問わず建物が物理的に壊滅して、社会通念上建物としての存在を失うこと」であり「既存の建物の全部が取りこわされれば、不動産としての存在を失い、その材料を用いて、従前と同一の場所に建物を建築した場合(再築)であると、他の場所へ移転して建物を建築した場合(移築)であるとを問わず」、「既存の建物が滅失し、新たな建物が建築(新築)されたものというべく、これに伴い、登記手続上、旧建物の登記簿は滅失の登記により閉鎖され、新建物について表示の登記がなされるべきものである。」(原判決一六丁裏)

原判決は、この当然の理を認めながら、これに対する例外を認め、「土地区画整理法七七条の規定に基づき、事業施行者が、いわゆる直接施行の方法により、従前地上の既存の建物を、換地(仮換地を含む。以下同じ。)上に移転する目的をもつて解体(取りこわし)をし、換地上に移転した場合(移築)において、換地上の建物が、旧建物の材料の大部分を使用し、旧建物と同一種類・構造のものであるときは、その外観及び床面積に多少の相違があつても、新旧建物の間には、社会通念上同一性が保持されており、」「この場合には、旧建物は取りこわしによつて滅失することなく換地上の新建物として存続しているものと評価することができ、したがつて、旧建物の登記簿に表示された建物と新建物との間の同一性も失われないものと認めて妨げないから、旧建物の登記簿により、当該建物の公示作用を果たさせるべきであり」、「旧建物の登記簿を閉鎖して新建物につき新登記用紙に表示の登記をすることは、許されない」と判示する(原判決一七丁表ないし一八丁表)。

二 しかしながら、建物の滅失とは、原判決が正当に判示するとおり「自然的たると人為的たるとを問わず、建物が物理的に壊滅して、社会通念上建物としての存在を失うこと」以外の意味ではあり得ず、本件旧建物は、解体により物理的に壊滅した以上右の意味で滅失したものというべきことに疑いを入れる余地はなく、原判決が前記のような例外を措定して、本件旧建物が滅失したことを認めなかつたのは、法九三条ノ六第一項の解釈を誤つたものである。以下、この点を詳述する。

1 原判決が土地区画整理事業による解体移転の場合に限つて例外を認めるべき理由として挙げる点は、まず第一に、土地区画整理事業による「既存の建物の取りこわしは、その所有者が所有権を放棄した結果としてなされるものではなく、土地区画整理法七七条の規定に基づき、事業施行者がその必要を認めた場合、一定の手続を経て、所有者又は施行者により換地上に移築する目的をもつて行われるものであつて、新建物が前述したように、種類・構造の点で旧建物と余り差異がないときは、社会通念上、客観的に同一性が明白であ」り、「建物の解体という一事によつて、これに対する所有権その他の権利が消滅すると解することは、およそ区画整理制度の趣旨と相容れない」(原判決一九丁表及び同丁裏)ということにある。

しかしながら、土地区画整理法が、換地処分が行われたときの土地については、「換地は……従前の宅地とみなされる」(同法一〇四条)と定めて特別な効果を創設し、従前の権利関係をそのまま移行させることとしているのに対し、建物については、それに相当する規定を何ら設けていないのは、建物と土地とは同一に取り扱うことはできないとの見解に立つているものとみなければならない。

なぜなら、不動産登記法上、建物の滅失とは、自然的たると人為的たるとを問わず建物が物理的に壊滅して、社会通念上建物としての存在を失うことであり、これは再築たると新築たるとを問わないのであるから、仮に建物の滅失につき、この一般原則の例外的取扱いを、土地区画整理法において認めようとするならば、例外的取扱い規定を置かねばならないからである。

このようにして、土地区画整理事業においても、建物が滅失したか否かについては、一般の場合と同様に解すべきものであるのに、右の場合にのみ例外的な取扱いを認めた原判決は、到底是認できないのである。

なお、原判決が引用する昭和八年三月六日の大審院決定は、旧建物の収去を命ずる債務名義の効力が新建物にも及ぶかどうかとの事案における判断であつて、本件とは事案を異にし、本件に適切でない。

2 原判決が、土地区画整理事業による解体移転の場合に例外を認めるべき理由として挙げる第二の点は、「区画整理により建物を移転する方法として、曳行移動によるか、解体移転(移築)によるかは、ひつきよう、技術的な工法上の相違にすぎないところ、前者によつた場合には、移動の前後を通じて建物の同一性が認められる結果、従前の権利関係が維持され、登記手続上も建物の所在の変更として取り扱われる(準則一四四条二項)ことに比し、曳家が技術的に不可能若しくは著しく困難であり、又は従前の利用関係の公平を図るなどの見地から不相当であるとして、後者の方法を取つたがゆえに、実体法上の結果に大きな差異が生ずることには、格別合理性が認められない。」(原判決一九丁裏及び二〇丁表)ということである。

しかし、曳行移動の場合は、建物の物理的形状そのものには何ら変更がなく建物としての存在を維持したままの状態で移動が行われるため、移動中の建物に対する権利関係はそのまま存続し、通常、建物が滅失したとは判断し得ないのである。これに対し、解体移転の場合は、右建物が一度滅失するという経過をたどるので、ここに両者の間には実体法上の結果に大きな差異が生ずることの合理性が存することは明らかである。

もともと、建物移転の方法について、曳行移転と解体移転との二通りの方法があるというのは、建築技術工法上の用語例であり、両者は不動産登記法上は、全く別個の概念といわなければならない。曳行移転は、建物の物理的形状そのものには何の変更もなくそのままの状態で移動が行われるため、不動産登記法上も建物の同一性を保つた上での移転として扱われる。しかし、解体移転は、建物が一度滅失することとなるのであるから、不動産登記法上は、前後の建物が同一であることを前提とし、あるいは容認する「移転」という用語を用いること自体適切でないといわねばならない。建築技術工法上の解体移転とは、不動産登記法上はあくまで滅失と新築の二つの事実の複合でしかないのである。不動産登記事務取扱手続準則(昭和五二年九月三日民三第四四七三号民事局長通達)一四四条が、建物の移転につき、曳行移転と解体移転の二通りの場合があることを指摘しつつ、曳行移転を建物の所在の変更として取り扱いながらも、解体移転を建物の滅失及び新築として取り扱つているのは、右の事理によるのである。また、原判決が挙げる前記の理由は、一般の場合と扱いを異にする根拠とはならず、土地区画整理事業による解体移転に限つて例外を設ける理由とはなり得ないものである。

3 原判決が、土地区画整理事業による解体移転の場合に例外を認めるべき理由として挙げる第三の点は、「土地区画整理による解体移転に伴う登記事務は、それほど多く起こる事例ではなく、区画整理事業の施行自体、管轄登記所の登記官にとつて職務上顕著な事実に属することが多いのみならず、新旧両建物の関係登記の申請が同一の機会になされ、かつ、区画整理に伴うものであることを明らかにする資料が申請書の添付書類とされることが通例であると考えられる」から「登記官に、実質審査の一環として、前述のような基準による同一性の存否につき調査することを要求しても、あながち不当とはいえない。」(原判決二一丁表及び同丁裏)ということである。

原判決がその理由として述べるところは必ずしも明らかではないが、要するに、土地区画整理事業による解体移転については、建物の同一性を判断するための資料が存在することから、登記官にはその判断が可能ないし容易であることをいうものであると解される。

しかしながら、原判決が述べる右の理由は、結局のところ、建物の同一性を判断するための資料が存在すれば、その判断を登記官に要求しても差し支えがないということに帰着するのであつて、これもまた、原判決が土地区画整理事業による解体移転に限つて例外を設けた理由にはなり得ないものである。

4 建物の滅失の登記は、所有権の登記名義人の申請によりなされる(法九三条ノ六第一項)とともに、不動産登記法は登記官に対し職権で表示に関する登記をなすべきことを定めている(法二五条ノ二)から、登記官は右事項につき審査を行い、これを登記簿に常時正確に反映させるべき職責を負つているものである。そもそも不動産の表示に関する登記は、不動産の物理的現況の正確なは握とその公示を目的とするものであるから、登記官が行う審査も物理的現況の審査に限られ、更に右審査も迅速かつ画一的処理を旨とする不動産登記法の立法趣旨に沿うことが要請されているといわなければならない。

右観点からして、法九三条ノ六第一項にいう建物の滅失とは、建物が物理的に壊滅して社会通念上建物としての存在を失うことをいうと解すべきで、これに例外を認める余地はないというべきである。

原判決は、登記官に対し物理的現況以外の事柄つまり原判決が掲げる事項(原判決二五丁表ないし二六丁裏)を考慮して新旧両建物の同一性の判断をさせるべきであるとしているのであるが、これには、右事項を総合的に考慮した価値的判断が要求されるのであつて、時期的には新建物が既に存在する時点においてされなければならず、また、裁判所のように当事者が提出した詳細な資料に基づき判断することができる機関にして初めて可能であつて、法は登記官に対し右のような複雑な価値的判断をすることを命じているものということは到底できないのである。

法九三条ノ六第一項は建物の滅失登記に関し所有権の登記名義人に対し建物の滅失から一箇月以内に右登記を申請することを要求し、法一五九条ノ二は、登記名義人が右申請を怠つた場合には過料に処する旨定めているが、右規定は物理的変動が不動産に生じた都度速やかにそれに伴う登記申請がなされるべきことを要請しているものであつて、このことからいつても、同法九三条ノ六第一項にいう建物の滅失につき例外を設け、新建物が建築されるまで待つて同一性を判定し、この有無により滅失の登記をするか否かを判断することを認める余地はない。

更に、原判決が建物の同一性判断のために掲げる事項については、登記実務上明確な方法及び基準を設定し得ないのである。

建物の表示に関する登記をするについて、登記官はいわゆる実地調査権を有する(法五〇条)のであるが、ある建物を既に存在しない建物と比較するには多くの困難を伴う。既に存在しない建物の検査(法五〇条二項)が不可能であることはいうまでもなく、結局旧建物については図面によつて判断するほかないが、登記所に保管されている建物の図面(法九三条二項)は建物の位置及び形状(不動産登記法施行細則四二条ノ六第二項)を明確にするものであるが、そのいわゆる形状によつては建物の位置関係は明らかとなつても、建物の具体的状態(例えば建物の間取り、外壁の状況等)は判明しないのであるから、登記所に保管されている旧建物の図面で新旧両建物の同一性を判断することは不可能に近いであろう。仮に旧建物の具体的状態を明らかにする信頼し得る図面が存在し、それが登記官に提出された場合であつても、旧建物と新建物の同一性を判断するための基準をあらかじめ設定しておくことは至難のことといわなければならない。例えば床面積、間取り、外壁等に異同がある場合、どの程度の差異までをもつて同一性ありということができるのであろうか。原判決は、「新建物が……種類・構造等の点で旧建物と余り差異がないときは、社会通念上、客観的に同一性が明白である」(原判決一九丁裏)というが、そこにいわゆる「余り差異がない場合」、そしてまたその「社会通念」なるものをどのようにして基準化し得るであろうか。事柄は、迅速かつ画一的な処理を要請される登記官の判断に関するのであつて、そこに微妙な価値判断が介入することのないようにしなければならないのであつて、原判決のように登記官に建物の同一性という異質の判断を要求することは、不動産登記法の趣旨に沿わないものといわなければならない。殊に、本件においては、旧建物は当初二棟二個の建物であり、登記簿上も二登記用紙に表示されていたのである。登記官が旧建物と新建物を比較する場合、仮に登記簿上の旧建物と新建物を比較すべきであつたとすれば、登記簿上の旧建物は、合棟により解体時に既に現存していなかつたのであるから、登記簿上の旧建物と新建物を比較することは無意味であるといわなければならない。

もし、原判決にいう旧建物が合棟後のそれを指すのであれば、その登記は存在しなかつたのであり、登記官が比較すべき旧建物は登記簿上のそれではないことになり、合棟後の旧建物と新建物を比較することは、登記官にとつては不可能又ははなはだしく困難であるといわざるを得ない。

5 原判決のように建物の滅失について、たとえ土地区画整理事業の場合に限るとはいえ、例外を設けることは、登記処理上極めて混乱した事態を生じさせるもので、到底法九三条ノ六第一項の解釈として取り得るものではない。

建物の滅失登記に関し、同条が所有権の登記名義人に対し登記申請を義務づけていることは前述のとおりであり、右登記名義人から建物の滅失に伴い滅失登記の申請がなされた場合、登記官はどのように対処したらよいのであろうか。まず、登記官は、右建物が土地区画整理事業にかかる建物であることを理由に申請を却下することが考えられるが、将来同一性ある建物が移築されるか否かは未確定であり、かつ、換地上に建物が建てられるのか否か、建てられるとしたらいつ建てられるのかも未確定な場合があり得るのに、右申請を一律に却下することは到底できないのである。原判決は「区画整理の場合には、既存建物が取りこわされたままではなく、新建物の建築が必ず予定されている」(原判決二四丁裏)旨判示するが、区画整理の場合新建物の建築が必ず予定されているとはいえない上、申請の却下をした場合、旧建物の登記簿は残存することになり、当然新たな権利関係の変動の登記がなされる余地があるが、右登記がなされたのちに至つて新建物が建築され結局同一性が認められなかつた場合には、旧建物が未だ存続するとして権利関係に入つた者は、右権利を失う結果になる。次に、登記官は、ひとまず申請通りに旧建物の滅失登記をするという方法が考えられる。そして新建物として移築された段階で同一の建物と判断されたときには、旧建物の滅失登記の錯誤による登記用紙の回復をすることとなる。しかし、建物所有者が新建物の表示登記を申請してきた場合、原判決が指摘するような建物の同一性を判断し得るような資料を添付することはあり得ないことであり、したがつて、登記官が同一性ある建物と判断できず、右申請を受理せざるを得ないことが十分に予想される。右登記は、その後建物の同一性が認定されたときには無効の登記といわざるを得ず、新建物の表示の登記が抹消され、旧建物の滅失登記の錯誤による登記用紙の回復がなされることとなり、新建物の登記を前提とした権利関係は全て覆滅せしめられる。以上のとおり、原判決のように例外を設けることは少なくとも旧建物の解体から新建物に移築されるまでの間登記の表示が建物の現況と一致しない事態を生じさせたり、利害関係人の権利関係を極めて複雑化させることとなる。

6 もとより、原判決が土地区画整理事業による解体移転の場合に限つて登記官に旧建物と新建物の同一性という別異の判断を要求するのは、「旧建物について存在した抵当権は、実体法上、当然に換地上の新建物の上に移行するものと解するのが相当である」(原判決一七丁裏)との結論を導くためのものであり、本件について旧建物上の抵当権者である被上告人の保護を図ろうとする意図に出たものであることは明らかである。

しかし、原判決は旧建物の抵当権者の保護に急な余り、登記手続面の考慮を等閑視し、不動産登記法の解釈を誤つたものである。

原判決が意図するように旧建物の抵当権者の保護を図るためには、原判決のようにあえて建物の滅失について例外を認めなくても、旧建物の上に存した抵当権の効力が実体法上新建物に及ぶということを肯定すれば足りるものである。いわゆる建物の解体移転の場合、登記簿上は旧建物の滅失と新建物の新築として表示されるほかないが、旧建物の抵当権の効力が新建物にも及ぶとすれば、抵当権者は、新建物の所有者に対し旧建物の上の抵当権と同一内容の抵当権の設定登記をすべき旨を要求し得るのであり、また、この権利を保全するため、新建物について仮登記仮処分あるいは抵当権設定等を禁止する処分禁止の仮処分の措置等を講ずることもできるのである。なお、土地区画整理法中に建物について同法一〇四条に相当する規定が設けられていない以上、旧建物の滅失を肯定しつつ旧建物の上の抵当権が実体法上新建物の上に移転して存続するとの解釈を採り得ないとすれば、立法的解決に待つほかないが、だからといつて、建物の滅失についての解釈を曲げてまで旧建物の抵当権者の保護を図ることは許されないものといわなければならない。

7 以上の次第であつて、原判決が建物の滅失の有無の判断についてあえて前記のような例外を設けたのは、法九三条ノ六第一項の解釈を誤つたものであり、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

第二 仮に原判決のように例外を認めるとしても、原判決が本件の場合に旧建物と新建物の間に同一性を認めた判断は不当であり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

仮に解体移転前後の建物について同一性が認められることがあり得るとしても、その同一性を肯定するためには、取りこわしの程度、構造、床面積の差異の程度、旧材料使用の程度などが総合的に捉えられ、物理的同一性を前提としつつ社会通念上同一性が認められる場合でなければならない。本件においては、旧建物は完全に解体されていること、新建物は旧建物より床面積において二割も減少していること、構造においても二階部分の部屋の位置に変更が加えられていること、土台、柱などの重要部分に新材料を使用していることなど、原判決が新旧両建物の同一性の判断のために掲げる事実(原判決二五丁表ないし二六丁裏)によると、物理的同一性はもちろんのこと、社会通念上も同一性が存在するとは到底いえないのに、原判決が「第二物件の全体としての外観・形態は、第一物件のそれを縮小したにすぎない」としてその同一性を認めたことは、判断を誤つたものといわざるを得ない。

第三 原判決には、法四九条一〇号、五〇条一項の解釈を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は、被上告人の「本件各登記申請は、第一物件の滅失の登記及び第二物件の表示の登記の各抹消登記手続を命じた別件高裁判決に基づき、登記簿上の所有者に代位して行うものである」が「表示に関する登記の申請である以上、登記官の実質的審査を免れるべき理由はないところ、回復後の第一物件の登記簿の表題部の表示が現存建物の現況と正確に符合している訳ではないことは前示のとおりである。しかし裁判所が、登記官が同一性がないものとしてなした旧建物の滅失の登記及び新建物の表示の登記について、同一性があるとの首肯するに足りる判断を示して、その各抹消登記手続を命じた確定判決に基づいてなされた抹消登記申請を、登記官が改めて同一性を否定し実地調査の結果と符合しないとの理由により、不登法四九条一〇号によつて却下することは、その登記請求権を認めた趣旨に照らして、許されないものというべきである。」と判示する(原判決三一丁表ないし三二丁表)。

しかし、原判決のいう別件高裁判決は、表示に関する登記についての判決であつて、右判決に基づく登記は、原判決が正当に判示するように法二七条が規定する判決による登記ではなく、申請者が法四六条ノ二によつて所有者に代位して行う登記にすぎない。そして右登記は建物の表示に関する登記であるから、当然に登記官が法五〇条一項により建物の表示に関する事項につき調査し、右調査の結果と、申請書に掲げた建物の表示に関する事項が符合しないときは法四九条一〇号により登記官は申請を却下することになる。表示に関する登記については右のような登記官の審査権を排除した規定は存しないのに、原判決は、単に確定判決に基づいてなされた登記申請であるとの理由から、登記官の審査権を全面的に否定し、法四九条一〇号により申請を却下し得ないとしているのであつて、これは同条及び法五〇条一項の解釈を誤つたものといわざるを得ない。

なお附言するに、原判決は、自ら旧建物と新建物の同一性につき詳細な認定をした上、登記官の申請却下の処分が違法であると判示しているが、仮に原判決が判示するように別件高裁判決に基づいてなされた登記申請につき登記官の審査権がないとすれば、申請を却下した登記官の処分はその事由のみで直ちに違法な処分となり、原裁判所において建物の同一性につき改めて詳細な認定をする必要は全くなかつたものであり、原判決は自ら矛盾する判示をしているといわなければならない。

第四 原判決には、表示登記に関する不動産登記法の誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

すなわち、本件旧建物は登記簿上二棟二個の建物として表示されていたが、取りこわし当時の現況は、両建物の互に接する部分の隔壁が除去されて一棟一個の建物として存在していたのであり、本件新建物も一棟一個の建物である。

ところで、原判決は、その判示する滅失登記の抹消登記をすることによつて、滅失登記がされた二個の登記用紙上に、朱抹された表示と全く同じ二棟二個の建物の表示が回復されるものであることを前提として、滅失登記の抹消登記をすべきものと判断しているのである しかしながら、滅失登記の抹消登記も、あくまで法二五条ノ二にいう「表示登記」であつて、この登記をするに当たつては、登記官は、回復すべき表示に合致した建物が存在することを職権で調査し、そのことを確認した上でなければ、滅失登記の抹消登記とすることは許されないのである。

本件においては、もはや二棟二個として表示された建物は、合棟により滅失し、既に現存していないのであるから、登記官は、滅失登記の抹消登記をすることは許されないのである。そして、もはや右のごとく滅失登記の抹消登記をすることができない以上、本件新建物の現況に合致した表示登記をするほかないのであるが、右の新建物の表示登記は、現になされているのであるから、この新表示登記は全く適法かつ有効であつて、これを抹消することは登記法上許されないものである。

また、本件旧建物は、登記簿上二棟二個の建物として表示されていたが、解体移転前に一棟一個の建物となつていたのであるから、合棟を原因として滅失登記がなされるべきであつたものであり(このことは、原判決も是認するところである。)その際には、その登記簿に登記されていた被上告人の抵当権の登記の効力も当然に失われるものである。したがつて、建物の取りこわしによる滅失の登記であろうと合棟による滅失の登記であろうと、登記の上では原判決のいうように(原判決二九丁表及び同丁裏)、所有権以外の権利の登記においても差異があるとはいえないのであつて、表示の登記の回復を図る利益なるものは生ずる余地がないのである。

しかるに、原判決は表示登記に関する右の法理の理解を誤り、新表示登記の抹消と旧表示登記の回復をすべきものとするもので違法というほかない。

なお、原判決が現況に合致する新建物の表示登記を無効として、現況を全く表示していない旧登記用紙を回復すべきであるというのは、一に被上告人の保護を図るためのみに出たものであるが(ちなみに、被上告人は合棟後解体移転までの間に自らの権利を保全する途を講ずる余地があつたのである。)、反面、新建物の表示登記を前提として、既に登記上抵当権者その他の第三者が生じているのである。原判決に従つて旧登記用紙を回復することになれば、新登記用紙に記載されている右第三者の権利の登記は結局においてその効力を失なわざるを得ない。原判決は右第三者の利益には何らの考慮を払うことなく、現況に合致する新建物の表示登記を無効とし、現況を全く表示することのない旧登記用紙の回復を命じたものというほかない。 以上

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